活動報告

【告白】医師である私が覚醒剤に手を染めた本当の理由

今回は、私の人生について、みなさんにお伝えしたいことをお話しています。

  1. 現状報告と最近の心境
  2. 今後の動画の方向性
  3. 本当の自分の告白
  4. みなさんにお願いしたいこと

やや長い動画になりますが、ぜひ最後までご覧下さい。

【動画内容】
チャンネル登録をしてくれている方、コメントをくれている方、いつも「いいね」してくれている方、「ギャンブル依存症問題を考える会」の自助グループの仲間たち、依存症専門クリニックの主治医の先生、「Dr.TAKAオフィシャルサイト」の方に、質問やコメントを下さっているみなさん、いつも本当にありがとうございます!

今日は「僕の人生について」正直にありのままを打ち明けようと思って、この動画を撮影しています。ちょっと長い動画になってしまうのですが、最後までご覧頂けたら嬉しいです。
一応、誤解がないように、あまり事実と違うことを話してしまってもしょうがないので、今日は、いつもと違って原稿を用意しました。
それに沿ってお話していきたいと思いますので、最後までお付き合いください。

現在の報告と最近の心境について

まず第1点目、「現在の報告と最近の心境について」お話させて頂きたいと思います。
現在の心身の状況ですが、おかげさまで、心の状態というのは、とても良いです。
本当に平穏な日々というか、平和な日々が続いていて、気分のアップダウンとかもなく、すごく充実した感じで過ごしています。
体の方は、運動とかしたいのですが、そのあたりは、いまいち気力がわかなくて、本当は「筋トレ」などもした方が良いのですが、近くにジムがないので、ちょっとハードルが高いと感じています。
1日2食しか食べていないので、本当は、3食食べた方が良いのですが、そのあたりも改善が必要だと思っています。
冒頭でもお話した通り、依存症専門のアパリクリニックとか「ギャンブル依存症問題を考える会」の「自助グループ」とか、そういったところには月1回通っているので、これからも継続していきたいと思っています。

医師免許について

これから先、いつになるかは分かりませんが「医道審議会」(厚生労働省の機関の1つ)そこで「行政処分」というのがあります。僕の場合、実刑になって刑務所に務めただけではなく行政処分」を受けなくてはいけないので前途多難です。
実刑だったので、最悪の場合、免許剥奪になる可能性がけっこう高いのですが、今までは、あきらめていたというか、そういう気持ちが強かったのですが、今は、「医業停止3年」ぐらいで済めば良いという風に思って、全力で「医道審議会対策」というのをやりはじめました。

  1. 私がおこしてしまった事件に対する反省
  2. 医師としての想い
  3. 医師としての心構え
  4. 現在の私の状況
  5. 私の人間性

裁判などでは伝えきれなかった想いを理解してもらうために、必要な書類の準備など、真摯に対応していきたいと考えています。

私の人生における「目標」

これからの私の人生における「目標」というのは

  1. 薬物に手を出す人を減らすこと
  2. 手を出してしまった人の回復支援
  3. 違法薬物の撲滅

そういったことが挙げられます。

あとは、すでに罪を犯してしまって、刑務所に行ってしまった人の「更生支援」です。
日本の再犯率は5割ぐらいと言われているので、出所してきてた人に対して

  1. 心身のケア
  2. 住む場所の確保
  3. 仕事に就くための支援

そういったことをやっていきたいと思います。

あとは「子どもたちの未来を守る活動」です。
子どもたちが健康的に育って、薬物や犯罪に手を染めないようにするためには
まずはお父さんお母さんが幸せになるということが大切だと思っています。
家族みんなが協力して、温かい家庭を育んでいけるような支援をしていきたいという風に思っています。
こういった目標を達成するためには
「誰もが気軽に相談できる場所を作ること」
「必要な人につながることができる場所を作る」
ということが大切です。

特に人それぞれ、「生きづらさ」というのがあると思います。
そういったものから「うまく解き放たれる場所」を作ることが必要だと考えています。
そのために、私のやってる「人生相談」というのは、これからもっともっと改善を加えながら、私の「ライフワーク」として続けていきたいと考えています。
「より良い社会貢献活動」、「より良いサービス」を提供するために、医師としても早く復活できるように、何とかお願いをしていきたいと考えています。

私自身まだまだ未熟な部分もありますし、学ばなければいけないこともたくさんあります。
一度は地の底まで落ちてしまった信用や信頼を取り戻すのは、決して簡単なことではないと思いますが、それでも頑張って活動を続けていきたいと思っています。
私の場合、かなりご高齢の先生から紹介して頂いたのですが、医師としてアルバイトができないかどうか何件かお願いしました。しかし、いつ医師免許が停止になるかわからない人は
雇えないということで、すべて断られてしまいました。
一度は過疎地にある老人ホームの仕事を紹介してもらいましたが、今、通っているクリニックの受診や自助グループに参加できなくなってしまうので、それはお断りしたというか、「地方には行けない」という風にお答えしました。
ただ、今は紹介に頼るだけではなく、自分でも、いろいろ道を見つけて「オンライン診療」の医師として活動ができるようにチャレンジしているところです。
みなさんに良い報告ができるまでチャレンジし続けていきたいと思っています。

私のチャンネルの動画の方向性について

次に、「私のチャンネルの動画の方向性について」お話したいと思います。
今後のこのチャンネルでの動画は、今までの動画と違って、「心の問題」「コミュニケーションの問題」とか、そういったものを具体的な事例を交えながら、みなさんが生きやすくなるための情報を発信していきたいと思っています。
「行政処分」が下りるまでの間は「医師」なので、医学情報なども発信していきます。
「行政処分」があった後も「医学博士」なので医療に関する情報というものは、引き続き発信していきたいと思っています。
なぜ「心の問題」「コミュニケーションの問題」について発信をしていくのか?というと、それは薬物問題とか犯罪、借金などのトラブルというのは「心の問題」「コミュニケーションの問題」が深く関係してるからです。
私自身がそうだったので、そういう動画を上げていきたいという風に考えています。

本当の自分の告白

次に、なぜ私が今のような状態に陥ってしまったのかということについて、お話させて頂きたいと思います。
2015年頃、私は「医療とフィットネスの融合」という理念を掲げて、「予防医学」というものを普及させて「日本を元気にする」という理念を掲げて「これに人生をかける!」という風に思って、クリニックとパーソナルトレーニングジムを組み合わせたものを作りました。
でも、私の「熱い想い」や「期待」などそういったものとは裏腹に、開設当初から
患者さんやお客さんが集まりませんでした。元妻との関係もうまくいかなかったので、借金ばかり膨れ上がってしまって、誰も信じることができなくなっていきました。
心を閉ざして、心身ともに追い込まれてしまって、自滅への道を一気に突き進んでしまいました。
当時のクリニックのスタッフも、問題のある人ばかりでトラブル続きでした。
開業2年目には、すでにクリニックの譲渡や閉院も考えていました。
何度も弁護士事務所に相談に行って「M&A」などの業者にもお願いしてみました。
しかし、譲渡交渉などは2020年まで、全然うまくいかなかったという経緯があります。
2018年から2019年頃には早く「自己破産」して「元妻とも離婚したい」という風に
弁護士事務所に、何度も相談に行きましたが「自己破産」は「いつ・いくらで自己破産しても同じだから続けてみろ」と言われて離婚についても取り合ってもらえませんでした。
「いつ・いくらで破産しても一緒だから」という言葉を信じて、騙し騙し生活をしていたのですが、実際は、「クリニックの原状回復費」、「弁護士費用」、「裁判所の費用」そういったものがかかることが分かって、どんどん追い詰められてきました。
誰も信じられなくなって、孤立していった私は、この時、すでに自分の精神を正常に保てる状態ではありませんでした。
そうこうしているうちに
「現実を直視したくない」
「現実から解放されたい」
「逃げてしまいたい」
という風に思うようになりました
親とか兄弟に相談できれば、良かったのかもしれませんが、あいにく僕の場合は一人っ子で、両親は不仲で、幼少期から悩みを相談できる家庭ではなく、すでに大学5年生の時に、母親は家を出ていったので、一家離散して絶縁状態にありました。
今も、それは続いています。
このような孤独の中、僕が幼少期から抱えていた
「自分は愛されるには値しない存在」という、胸の底に蓋をして鍵をかけてしまっていた感情というものが、堰を切って爆発して、両親をはじめとして、自分をサポートしてくれなかった人たちへの憎しみの感情が、自分自身に向かっていってしまいました。
誰からも愛される価値のない人間を
「自分自身が抹殺する」
「望み通り傷つけてボロボロにしてやる」
「私のような人間は早く死んでしまった方がいい」
言葉に表すなら、こういう気持ちだったのかもしれません
一見すると、クリニックや会社経営の失敗による「借金苦」、「経営難」による重度の「うつ」というのが、私がおこしてしまった事件の動機という風に思われるかもしれませんが、私自身「良いスタッフに恵まれていれば…」
「良いコンサルタントに恵まれていれば…」
「妻がもっと僕のことを理解してくれていたら…」
自分の運の無さというものを嘆いていた時期もありました。
だけど前にお話した通り、何でも話し合えるような温かい家庭を知らずに育ってしまった僕は、人とのコミュニケーションの取り方を学ばず
「心は傷ついた少年のまま」
「医師」という「社会的地位」についてしまったと言えると思います。
「いつも心は不安でいっぱい」なのに
「強い男」
「できる男」
「大人の男」
「成功してる男」というのを背伸びして必死に演じていた面もあると思います。

そういう「仮面を外してしまえば」弱くて、不安で、未熟な少年そのものだった
という風に考えられます。
当時は
「スタッフのせい」
「コンサルタントのせい」
「弁護士のせい」
「妻のせい」
「自分は運がない」と思い込んでいたのですが、落ち着きを取り戻した今考えてみると、自分を客観的に見た場合、全ては「僕自身の未熟さというものが招いたこと」だという風に理解しています。

私はもともと困っている人の役に立ちたいという「想い」がとても強く、医師として患者さんの相談にのるということは「天職」だと思っています。
だけど両親との関係性が薄かったことや、困ったことがあったら誰かに相談するということは、今でもすごく苦手です。
妻や友人、知人などに、自分の気持ちを分かってもらうというコミュニケーションの取り方を知らずにこの歳まで来てしまいました。
分かりやすく言うと、「本当は円満な関係を築きたいのにその方法が分からない」ということです。
医師として、患者さんの気持ちに寄り添う話し方。「傾聴」という方法があるのですが、そういったことは得意です。ですけれど「経営者」に必要な「他の人を説得する」とか「他の人と交渉する」という駆け引きに必要な話し方の技術というのは、当然ながら持っていなかったと言えると思います。
まとめて言うと、経営者としての資質に欠けるのに経営に手を出してしまったということです。
今回、覚醒剤という違法薬物に手を染めた理由は「クリニックの破綻」が直接的な原因だったのですが、事件に至った間接的な原因というのは2009年に遡ります。
2009年の出来事が前にお話した
「医療とフィットネスを融合させて」
「予防医学を普及させて」
「日本を元気にする!」という理念を掲げて
人生をかけて挑んだクリニックとパーソナルトレーニングジムを開設した理由です。
2009年頃というのは、私は、今思い返してみても48年の人生の中で、一番喜びと希望に満ち溢れていた穏やかな時期でした。なぜかというと、待望の子どもを授かったからです。
私には生き別れになった子どもが2人います。初めて自分の子どもを手に抱いた時に
自分が得られなかった温かい家庭を「何が何でも築いていくんだ!」という気持ち
どんなことが起きても「子どもたちの笑顔を守り続ける」という決意でいました。
だけど妻が2人目の子どもを妊娠中に、2011年に東日本大震災がありました。
原発事故が同時におきたので、私は三重県の企業に専属産業医として赴任しました。
だけどこの会社で、理想的な医療をやろうと思って四苦八苦して活動しましたが、人間関係がうまくいかなくて、当時の会社のやり方などにも納得できなかったので、すぐに退職してしまいました。
当時は、仕事なんかいくらでもあると思っていたので、そういう決断をしました。
次に、同じ三重県なのですが、健康診断をメインでやっている職場に転職しました。
そこでは、けっこういろいろ楽しく日々、健康診断をやっていましたが、東京から来た人間ということで、地方との温度差というか、そういったものがあって、やはり人間関係がうまくいかなくて、、それでかなり苦しんだというか「どうしよう?」という風になってしまいました。
そういう風になってくると、だんだん東京に帰りたくなりました。
東京に帰って、「もう1回やり直したい」と思うようになりました。
それが2013年頃です。東京の方で、転職活動をはじめましたが、その時すでに「うつ」になっていたので、転職活動がうまくいかなかったということです。
結局、転職活動中に私の2番目の妻は、子供を連れてどこかに行ってしまって、今でも行方が分からない、という状況になってしまいました。
この時の私は
「職場での人間関係うまくいかなかったこと」
「家庭の崩壊」
「転職活動の失敗」
「経済的な困窮」によって
重度の「うつ」になりました。
このように「お金」で失敗し、家族を失った私は、次こそは「何が何でも成功する!」という風に「お金に対する執着心」というものを持ってしまったのかもしれないと思っています。
重度の「うつ」から何とか立ち直った私が次に掲げた目標が「クリニックの開業」でした。
「医療とフィットネスを融合」させて「予防医学」を普及させて「日本を元気にする」という理念を元にしたクリニックとパーソナルトレーニングジムを開設することで、私自身の弱さや産業医として診てきた、たくさんの方たちが抱える心の悩みを明るく照らすような世界を実現できるという風に考えていました。

私の知識と経験で患者さんやお客さんが笑顔になる。
みなさんの笑顔で、私自身も笑顔になれる。

「自分が理想とする医療」を実現して成功をおさめ、そのお金で生き別れになった子どもたちに「養育費を支払いたい」、「親らしいことをしてあげたい」と心の底から願っていました。

私は、これまで何度も失敗しては起き上がって、前向きにやってきたつもりです。
それなのに、自分自身の未熟さや不器用さが災いして、やることなすこと全てうまくいかなくなって、掴んだ幸せというものも、指の隙間からこぼれ落ちてしまうような人生でした。
両親も元妻も子どもたちも、自分のまわりから、大切な人がどんどん去っていく。
そういう状況に、追い込まれたのです。
自分のまわりを笑顔にすることで自分も笑顔になりたかった。

だけど現実は、まわりの人たちを裏切ってしまって、悲しませてしまって、自分自身
だんだんと心も体もボロボロになっていきました。
辛くて、悲しくて自分を信じることも生きる希望も生きる術も分からなくなっていきました。

そんな自分がすごく惨めで情けなくてそれでも心の内を明かして素直になって誰かに助けを求めることもできず、かと言って死ぬ勇気もなく、一度は死ぬことを決心したのですが、本音を言うと、心のどこかに「まだ生きたい」とか「もう一度生き直したい」という、わずかな望みもありました。

そんな私が唯一頼った存在が覚醒剤という違法薬物でした。孤独で辛い人生から一時的に逃避できたという表現が合っているかもしれません。これが裁判などでは、お伝えすることができなかった、私がおこした事件の動機になります。

みなさんにお願いしたいこと

最後に「みなさんにお願いしたいこと」についてお話させていただきます。
どんなことでも構わないので、ぜひ動画のコメント欄にコメントを書き込んで下さい
それが「私の生きる糧」となって「明日への希望」に、つながっていきます。
どんな意見でも、真摯に受け止めて改善していきます。
「もっとこうした方が良いのでは?」とか、良いアイディアがあれば、ぜひ教えて頂きたいと思います。
「Dr.TAKAオフィシャルサイト」の中に「Dr.TAKAの質問箱」というのがありますが、そこでは「お悩み」だけではなく、私に聞いてみたいことなども募集しています。
あとは、みなさんが日々のニュースを見て、気になることとか嬉しかったこと、聞いてほしいことなど、自由に書き込んで下さい。

書き込みをしてもらえれば、オフィシャルサイトだけでなくい、いろいろな「SNS」
「Facebook」「X(旧Twitter)」「Instagram」「Threads」そういったものでも
私の意見を発信していきたいと考えています。

これから先、私のYouTubeチャンネルやオフィシャルサイトでは
悩んでいる方が明るく前向きになれたり、みんなと繋がって孤独な人たちを減らしたり
することができるような、みなさんの「居場所」にしたいと考えています。
こういったところが、私の「居場所」でもあります。

私は、みなさんと一緒にこの国の未来を明るいものに変えていきたいという風に考えています。ぜひ、様々な形でご協力頂けたら嬉しいです。

今日も、最後までご覧頂きありがとうございました。
今日の動画を見て「いいね」と思ったら「いいねボタン」
「チャンネル登録」お待ちしております。
引き続き「Dr.TAKAチャンネル」よろしくお願い致します。
それでは今日はこの辺で。

Dr.TAKA

ABOUT ME
Dr.TAKA(栗原隆)
■1975年12月28日生まれ ■2005年東京医科大学大学院博士課程修了・博士(医学)の学位取得 ♦医学博士の資格と医師としての経験を活かし、”日本を元気にする”をキャッチコピーに、「薬物依存の予防」と「子供たちの未来を守る」ための活動を2024年1月より本格的にスタート!応援よろしくお願い申し上げます。
オンライン人生相談はじめました!

COMMENT

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です